上天草市地域おこし協力隊 ~北海道から移住してみた~

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発揮揚々、八卦良い ~投筆相撲大祭~

2022.7.25(月)
昨日(24日)は、早朝から澄み渡る青空のもと龍ヶ岳は樋島の下桶川で行われた「下桶川不動神社 投筆相撲場大祭」を取材してまいりました。
「投筆相撲」と言えば、下桶川伝統の「赤ちゃん泣き相撲」。5月8日(日)落成式(※)を取材させていただいた折、まちづくり委員会の会長さんが「夏祭りでは、多くの泣き声で賑わってほしい」と仰っていましたその日がやっと来たというワケです🎊

早速、その様子を・・・と書きたいところではありますが、一昨日(23日)は「前日祭」が行われ、さらにその前の日(22日)は不動神社で「お祓い」が執り行われたことで大祭が盛会となった次第ですので、まずは、22日(金)の「お祓い」の様子からお伝えいたします。

お久しぶりのお不動さんに会うため旧相撲場に停めた車の中から撮影機材を抱え歩き始めるとキラキラな海はすぐに見えなくなり、「そう言えば、距離もアップダウンも結構あったかも~😅」と記憶を探っているうちに、10数分であら到着っ💦
記憶力の乏しさを嘆いていると、境内で準備中の下桶川不動神社総代さんと遭遇し「8時からと伺ってまいりました~!」と申し上げましたら、「8時は明日。今日は10時からだよ⌚」とにこやかに教えて下さいましたが、せっかくの機会ですので設えの様子から撮らせていただきました。

祝詞奏上を掻き消すほどの蝉の泣き声が響き渡る樋島の一番南の端っこで、「疫病退散の守護神」である不動明王のご神徳をいただいて、大祭の盛会と地域の安寧と発展、そして、コロナ収束の祈りが奉げられました。

5月に行われた「投筆相撲場落成式」の記事でも、一般社団法人 天草宝島観光協会HPの記事を引用し「ナゼ投筆相撲場なのか」について書きましたが、念のためもう一度・・・

『その昔、弘法大師がこの地を訪られ、大岩にお経を書かれた。芦北へ向かう船の上で、ふと書いたお経に一字「ヽ」をつけ忘れていたのに気づかれ、岩に向かって愛用の筆を投げられたそうである。以来この付近一帯を「投筆」と呼ぶようになり、不動神社をお祭りした現在では子泣き相撲(赤ちゃん土俵入り)や船団の海上パレードなどが行われている。』

というワケで、知らない方には初耳学、知ってる方には復習になって何よりでございますが、せっかくですのでお堂の前にある「淵源の碑」を一読し「投筆不動尊」の起こり基づくところについて知るも佳し哉📖

「史実によれば、弘法大師若くして密教の秘法虚空蔵求聞持法を窮(きわ)めるために海内の霊地自然を踏破して昔修練行を積み三十一才にして入唐し真言宗を伝えたが嵯峨天皇の御信任を得四十三弘仁七年天皇より高野山を賜りその後同十年頃より庶民救済のため東西に遊歴し終世済民に尽くされたとある。口碑によれば投げ筆不動尊は弘仁十七年大師のたまたま肥後国芦北郡計石村を過ぎられしとき遥に不知火海を距(へだ)てて樋島を望み、下桶川尾根に瑞雲のたなびくを見給うて感応されるところがあり彼地こそ佛法守護天の不動明王を祀るべき地なりと御言られこの筆の到達せしところその證(あかし)ならんと天下三筆の筆を天空に向かって投せられたと言う。このとき一羽の霊鳥嘴(くちばし)をもってこれを捉まえ飛翔してこの地に至ったが既にして群青の不動尊とその眷(けん)属矜伽羅(こんがら)と制咜迦(せいたか)の二童子の脇侍としてましましたという。さればこの地を投筆と称し投筆不動尊と言うのである。大師薩摩を経て帰路親(みずか)ら御参詣があり一泊されたのでされば投筆一帯の尾根を泊山と言う。その砌(みぎり)大師辣韭の種を播かれたのがいまなお野生し採取しても尽きず住民の感佩(かんぱい)するところである。投筆不動尊の御霊験はしかた有難くもまことにあらたかである。これは密教における真言陀羅尼の絶対の功力により降魔の利剣を按じて水火を辞せず、衆生のあらゆる願いをいれ給うからである。例祭は毎盛夏旧暦六月二十八日、青壮年組の大相撲が奉納され近郷からも参詣者踵を接して至りその盛況さは刮目するところである。」

・・・これは、お堂の中に掲示してある石碑の写し書きをもとに、カタカナ表記だった個所と一部の異字を修正したものですが、簡略化された漢字が使われていたり、そもそも言葉が分からなかったり浄書にメチャ時間がかかりましたけれど、「みずから」は「自ら」以外にあるんだ~😲とか、「感佩」は「深く心から感謝し、いつまでも忘れないこと」なんだ~😲とか、メチャ勉強になりました。

早朝からのお祓いに幟立て、皆さんお疲れさまでした。

雰囲気動画は、以下のリンクからご覧ください🎬

「投筆相撲場落成式」についての記事は、以下のリンクからご覧ください。

さて、続いては23日(土)に行われた「前日祭」の様子を。

次第によれば「08時から区役」ということだったんですけど、その「区役」ってナニ?とまずそこが分からなくて、情報をいただいた龍ヶ岳担当SCのU野さんに質問しましたら「地域の景観を守るための清掃作業みたいなもの」ということで、またひとつヨソモノ脳に単語が刻まれましたが、「ひとつ覚えて、ふたつ忘れる」ということの無いように先ずはお不動さんにお願いするのを忘れないようにするのを忘れないようにしなければ・・・。

土俵づくりにばかり目が向いていましたが、展張したシートの下ではご婦人方が雑草をブチブチと毟ったり小石を拾ったり・・・( ゚д゚)ハッ! これが「区役」かっ!と膝をポンと打ったところで、土俵まわりをチョロチョロするのはお邪魔なので、港の方へと行ってみることにしましたら、旗を縛り付けた竹が船に立ち上げられていました🚢

ほとんどの船に旗が挙がっていたなか、これから作業に取り掛かる船を見つけ間近で撮らせていただきました。
午後に、大道の“かよいの場”「かもみーる」の代表者さんとお会いした際、お知り合いがこちら船の持ち主とお聞きしたのですが、港で一番の大きさに見えたこの船はマグロ漁船だそうで、なるほど船体に「はえ」と書いてあったのは「延縄」の“はえ”だったんですね~⚓

さて、会場の方の進捗は~と戻って来ましたら、人手がめっちゃ増えてるーーー😲そして、めっちゃキレイになってるーーー😲

いやぁ~人海戦術の威力をまざまざと見せつけられたと思いきや、梁に人がーーー😲
って、不動神社総代が“長靴”で、“長靴”で脚立をひょいひょいと上がって、梁の上に“長靴”で跨ってんですから、そりゃ~たまがった💦

まさか「高いところが得意」というのが“総代”の要件ではないでしょうが、身の軽さや安定の体幹は、健康の要件ではあるかも知れませんね。そして、明日の大祭当日に更にそのパフォーマンスを目の当たりにすることになろうとは、まだ思いもよらぬ私でした・・・。

「区役」の雰囲気動画は、以下のリンクからご覧ください🎬

さぁ昼からの「前日祭」の次第は、「海上パレード」、「御神輿の練り歩き」、龍ヶ岳中学校生徒さんによる「龍神太鼓」の披露、そして、婦人会の皆さんによる「ハイヤ踊り」で締め括る、という盛り沢山の内容です。

ジリジリと肌を焦がす日差しのもと、不動神社での祈祷を済ませ里へ降りて来た御神輿が港に到着し、「ドンドンドン」と太鼓の調子に乗って船へと進んで行きます。

いよいよ「海上パレード」の時間となりまして、十数隻の船が逐次八代海へと滑り出しました。

先ほどまで一人しかいなかった防波堤基部には、「海上パレード」を一目見ようと炎天下に集まったたくさんの方々の視線の先、一度姿を消した不動神社のある岬の方から太鼓の音と共に現れた船は、竹に結んだ旗をなびかせながら竹島の向こうをぐるりと回りこんで走ります🚢

あら、あのお嬢ちゃんは「落成式」の前日に“餅つき”を手伝っていた子だ~👧
そして、落成式の日に「わんぱく相撲」で土俵に上がっていたお兄ちゃんたちも~👦

勇壮なパレードを終えて帰港した船から御神輿が降ろされたあとは、「ドンドンドン」と太鼓の調子に合わせて地域内の練り歩きがスタート💨

下桶川地区をぐる~っと周った御神輿が投筆相撲場を見渡せる場所に鎮座したところで、龍ヶ岳中学校の1年生の皆さんによる「龍神太鼓」の披露が始まりました。

龍ヶ岳中学校生徒会の令和4年度スローガンは「雲上龍変」(雲より高く翔け上がれ)と同校のホームページに掲載されていましたが、「時流に乗じて、英雄・豪傑が大活躍するたとえ」とされる『雲蒸竜変』(雲が群がり沸くのに乗じて蛇が竜となって天にのぼる)にかけた合言葉のとおり、時代の風を掴み、自らに限界を作らず、個々のスタイルで伸び伸びと自分だけの大空を駆け回ってほしいものですね。

さて、「前日祭」の次第もいよいよ大詰めとなりまして、締め括りは婦人会の皆さんによる「ハイヤ踊り」の披露です💃

締め括りの締め括りは、龍ヶ岳町のソウル「龍ヶ岳音頭」
軽やかな太鼓の音色に誘われて老いも若きも自然と輪になれば、「ハァ~登り着いたよ不知火岩へ あれは霧島、雲仙、阿蘇か~🎵」と都はるみさんの歌に合わせて手が足が勝手に動くのはまさに龍ヶ岳の“DNA”

前日祭のお開きとともに婦人会から振舞われたのは、ありがたい「かき氷」🍧
北海道では馴染みの無い袋入りのこの「かき氷」(日豊食品工業)は、「九州では知らないひとはいない」というほどソウルフルものだそうで、「キーーーン」となりながらも止まらないのは、美味しさだったり、懐かしさだったり・・・。

雰囲気動画は、以下のリンクからご覧ください🎬

さて、数日にわたる行事の記事の場合、読みやすさを考えれば、「お祓い」、「区役・パレード等」、「投筆相撲」と分けた方が適切と私も思いながらも、取材二日目までの記事に85枚の写真と3本の動画を掲載しました。

これらは、4,200枚を超える莫大な写真データの中から琴線に触れる表情やシーンの選択に始まり、また、総計1時間の大台を突破した動画データも送っては戻してを繰り返し切り貼りしてトランジションやBGMを重ね、それら未曽有の編集作業の集大成は怒涛の如く綴った方がいいでしょうという勝手な判断のもと、引き続き「投筆相撲場大祭」をお送りいたします。

24日(日)に行われた大祭は、まず神主による土俵のお祓いが執り行われ、その後「子供相撲」、「奉納相撲」、「龍ヶ岳保育園園児による踊りの披露」、「赤ちゃん相撲」、「三役相撲」という次第です。

今どきの子供らは「取っ組み合い」なんてする事などあるんでしょうか・・・と思いつつカメラを構えましたが、いざ勝負!となれば真剣そのもの。
そして、行司さんの「真剣にやらんと賞金はやらんぞ!」という檄の甲斐あってか、幾つもの名勝負が土俵上で繰り広げられました🔥

熱戦のあとは、龍ヶ岳保育園の園児たちによる踊りで会場は途端に和やかムード😊
四股を踏んだり、突っ張ったり、小さな足と小さな手を一所懸命に使って土俵狭しと右往左往した後は、“土俵入り”の所作よろしく円になって締め括られ、大きな拍手に湧きました。

さぁいよいよ「赤ちゃん泣き相撲」の開幕です。
“化粧まわし”と紅白の“捩り鉢巻き”を締めたハレの姿で「キョトン」としてる子、既に「ギャン泣き」な子・・・一体どんな土俵入りになるのでしょうか。

“ザラザラ”な土俵に寝かされるだけで大泣きする子、お父さんの四股踏みを「ぽかーん」と眺めている子、清めの「塩」を乗せられてもジッとしてる子・・・予想の付かない反応をする赤ちゃんばかりで、見ているだけでとっても和やかな気持ちになります。

いよいよ「下桶川投筆相撲場大祭」の締め括り「三役相撲」が行われる刻となりまして、さて、小結は何方かなと見渡すと、なんと土俵に上がったのは不動神社総代さん😲相撲場の梁に長靴で上がるフットワークの軽さと、“細マッチョ”な評議員さんのポテンシャル、どちらに軍配が上がるのでしょうか・・・はっけよーーーいっ🔥

見ていて「きゅーーーん」となる瞬間が度々ありましたが、何とか勝利を捥ぎ取った総代さん、おめでとうございます。
続いて、関脇・大関級の取り組みが行われ、その勝者が大取の一番として土俵に上がります。

ぉおーーーっ😲貫禄十分のお二人の取り組みは、さて、どうなるんでしょうか!

見事勝ち抜き優勝、おめでとうございます🎉🎊💐

 

さて、上のとおり59枚の写真を揚げたところで「・・・もしや」とブログをチェックしましたら、日ごろのアクセスは20名チョイのところ23時の時点でナント「81名」の方々が読みに来て下さっている😲
・・・ですよね、日曜の行事だもん月曜にはブログ更新されてるって思いますよね~ってのは分かるんですが、先ほど、夜中だというのに、えぇこんな夜遅い時間だというのに龍ヶ岳担当SCのU野さんに不明事項の確認をして無理やり日付が変わる前にアップしようと藻掻いたところで力尽きましたので、更新ボタンをポチッとするといたします。

不動神社総代さんをはじめ、下桶川区長さん、そして、下桶川の皆さん、下桶川不動神社大祭及び投筆相撲場大祭の準備並びに運営お疲れさまでした。また、盛況のうちに3日間の諸行事が無事執り行われましたことを心からお慶び申し上げます。

「熊日んひとかい?」、「ケーブルテレビんひとかい」と何度も聞かれた3日間でしたが、「地域おこしんひとだね」と覚えていただけるよう度々伺うよう努めますので、引き続きよろしくお願いいたします。取材にご協力いただきありがとうございました。